釦 (ボ タ ン)

製作の最後は釦付けです。

作図、パターン、生地選び、縫製という流れの最後の喜びの作業,,,?

どうしてもこれが、悩みになるときがある。

釦はデザインの一部なのか、留め具として機能していればいいのか。もちろん両方ということでしょう。

ですから生地同様に選ばなければなりません。大抵は最後に。

ただ、生地と違って釦は加工された製品です。素材ではない。

デザインにあう理想的な釦というのは、なかなか無いものなのです。

しばしば釦なしの服をつくる理由のひとつでもあります。

小さくともしっかり主張しますからね、釦は。

ぼくは水牛の角でつくられた釦をよく使います。部位によって様々な色や模様がある。

生地だって獣毛や植物などからつくられているので、相性が良いのではないでしょうか。

服をみるときに、釦をみてみるのも面白いとおもいます。けっこうこだわりの釦を使っているかも?です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


皮 膚

ネパールのハニーハンター

とても格好が良い、素敵。

これは服というのだろうか? 布を纏っている。

衣服というものは、第二の皮膚と形容されることがしばしばあります。

はじめて耳にしたとしても、大抵はなるほどとなるでしょう。

人は文明とともに公衆の面前では常になにかしらを身に纏うようになりましたから、人目に触れる衣服は、皮膚と呼んでもいいでしょう。

ただ、ぼくは正直にいって、そういう感じで衣服を見れたことがないのかもしれません。

皮膚って心の琴線に触れる、温もりや潤いやしなやかさがあるから。

そんな服、ほんとうにあるのだろうか? 作り出せるものなのだろうか?

ありましたね、ネパールのジャングルに。

ぼくはここから何かを学ばなければいけませんね…

 

 

 

 

 

 

 


安らぐ

 

きれいな服となるよう、細かな課題をひとつひとつこなしていく。

あとで気がつくことがあっても、もうそこには戻れません。ひとつも見落としたくない。

一着の服と成るころには、そんな思い出がたくさん詰まった立体になってしまいます。

ここをこうすれば、生地へのダメージは、いろいろなことが頭をよぎる。あまり直視できない。

けれど、出来上がったサンプルをラックにかける時、ふと袖のカーブに目が留まり、

ウールの柔らかさと曲面の柔らかさに心が安らぐ。

そういう服に出会えるとうれしい。

 

 

 

 

 

 

 


研ぐ

年末にお願いしていたものが仕上がりました。鋏の研ぎと噛み合わせの微調整です。

梱包からといて、何度かチョキチョキと空でやってみる。チョキチョキ、そんな擬音ではない。

例えようもない音。そして感触。研ぎ澄まされた金属の刃がこすれ合う。まさに一点の淀みもなく滑らかに。

少し鳥肌が立つ。侍ってこうだったのだろうか。なにか切ってみたい衝動にかられます。

変な意味ではなく、好奇心からです。鋏だけではなく、すばらしい物というのはすべてそうでしょう。

しなやかだけど固い鋼。ひたすら繰り返した手仕事。ぼくの好きな世界。

そういった空気感をクリエーションしたい。

今はまだまだ。それまでは繰り返し繰り返し、、、、、繰り返し続けます。

それが研ぐということなのかな。

 

 

 

 

 

 


アワの色

takizawa narumiでは、無彩色がほとんどです。

黒、白、グレー、チャコールetc,,,数えるほどしかない。ただ、色の濃さや生地の違いでかなりのバリエーションとなるので、充分間に合います。

とはいえ、色がきらいなわけではありません。なかなかブランドのデザインを表現する色、もしくは色の生地が見つからない。

そんななか、友人から粟餅、いや、粟大福をいただきました。ぼくが好きそうとのことで。

好き。

持った時の重量感、噛みしめたときの弾力、香ばしい香り、すべて申し分ない。おいしい。

とりわけ”色”に反応してしまいます。伝わっているか、 なるべく再現したつもりです。

自然色、ぼくはそういう風にみたくはない。だって茶色とかベージュとか緑とかを連想する色のことですよね。

いつも思いますが自然にはもっと色が溢れていますから。その考察はここでは置いておきますが。

ほんの少しだけ、透明感のある色合い。餅とか釉薬の雰囲気が好きなことにに気がつきました。

そもそも色というのは、物体に反射した光を脳が色として識別しているので、光というのも色の一つととれる。

そして無彩色は明度、つまり明るさで区別されるので、この両者は相性が良いのではないでしょうか。

ま、理屈なんて関係なく、単純に心が動かされる色、というのが一番いいですよね。


クチュールとも

皮革。

一列一列ハサミをいれていく作業。この段階ではフリンジといおうかな。

フリーハンドで裁断していく為、最初はたどたどしい作業ですが、しばらくすると精度が増す。

調子が上がってくると、ぼくはデザイナーというよりもクチュリエだな、なんて思ったりもします。

定規がなくても5センチくらいまでなら誤差1〜2ミリでいろんな作業出来るようになりました。

継続はやはり眠っている感覚を呼び覚ましてくれるものなのか、、、、

ぼくはパターンメーキングしながらデザインするので、いろいろいじっているのがアイデアとなるのです。

あまりデザイン画を描かないデザイナー。

最終的にはこうなりました。


そういう訳で

どこかへ行けるとすれば、紅葉を観に行きたい。もう何年もそう思っています、この季節になると。

もう終わりの時期ですかね。

赤、黄、茶、深緑、、、などのグラデーション。ただ景色として美しいから、だけではないのです。

肌を切り裂くような、冷たく乾いた山の空気が良い。

なので、映像ではなく、行きたいのです。

花屋さんでこの枝をみつけ、観たかった赤だったので紅葉狩り気分で購入しました。

造りものみたいですよね、紅葉って。

そうです、造りものです、これ。正確には、着色したものです。  made in ITALY.

インチキ?否そうではない。イタリアや海外製品のこういうところが好き。身近な所では生地とか。

枝だって素材と考えれば”美しさ”の為に手を加える。それは自然の摂理や言葉の意味からすれば、不自然です。

でもぼくはこの佇まいに、充分に自然を感じさせてもらいました。

そういうところが好き。