そわそわ

海のむこうで仕事をしている友人と7年振りに会う。

駅まで迎えに行きました。昨晩から緊張している。少し早く来てしまった。

ベンチに座って改札を見る。とはいえ、みつけたらなんて声をかけよう。

やっぱり緊張している。

ふと鼻先にいい香りを感じました。目線をそちらに向けるとこんな花が咲いている。

香りとともに過去の色々な心の揺れ動きを思い出します。

僕はこの友人と話をするのが好きなのだ。

 

まだ来ない。

こんなにそわそわするのは、いつ以来だろう。

ぼくに会う為に恵比寿に来てくれた友人を、不器用な笑顔で迎えた日。

 

 

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繕(つくろ)う

4月3日ただいま春の嵐ですね。

ただ、もう”春の”なのだ。

つまり、ふわふわwoolのセーターは季節はずれになってしまいます。まだ寒いですが。

友人の古着屋さんで買ったこの赤いセーターもそろそろしまう時期。

ということで、修繕をしました。

割と大きな穴が空いていたのですが、それはそれとして格好よかったので、

穴の開いたままで楽しんでいます。

でも衣替えのときには綺麗にしてから保管しようということで、修繕します。

このような仕事をわりと長い間やっていたものですから、さらりとやってしまう。

 

日本語の意味としての違いは解りませんが、

穴を塞ぐ、という作業と、繕うという作業は少し違うと思う。僕はそう思いながらやっていました。

最初はぼくも穴を塞ごう、と思って懸命に隙間を塞いでいました。

でも穴は塞がったけれど、穴が開いていたのは、はっきりわかる。不自然。むしろ穴だった時のほうが自然。

 

穴は塞げばそこから何かが飛び出すようなことはありません。

ようするにポケット袋布のほつれなど、機能として致命的な穴は、塞ぐ。

袖や身頃の穴はデザインとして目立たないように繕う、という違いですね。

 

作業に集中する、というのは何事においても大切です。でもその対象物と、それを手にとる人にとって

なにが大切か?ということはもっと大切なこと。

自然も不自然も、こういうことを理解せずに、”デザイン”としてしまうのはいかがなものか。

 

また来シーズンこのセーターを手にしたときに、僕自身この修繕をどう思うだろう。

 

 

 

 

 


草  花

そろそろ展示会も終わりそうです。

天気の良い日はカーテンと窓を開け放っておく。

アトリエ裏の空き地の草花が、お客さんのお出迎えをしてくれました。

みなさんに気に入ってもらえてなによりです。雰囲気が合うらしい。

花と服は相性が良いですから。

 

モード誌の一面を飾るような服には、

大切に育てられた、色彩豊かな大輪の花がよく似合うでしょう。

どちらも美しく存在する為に生まれてきました。

緊張感を伴う美しさを感じる。幼い頃からの印象。

 

野に咲く草花には、空と土が似合う。

そして自由にどこにでも咲いている。とても小さい花を咲かせていたり、いなかったり。

のんきなものだ。彼らの苦労は分からないけれど。

 

そのような草花と雰囲気が合う服、ぼくのモード服?

まぁ、、、 すこし分かる気がします。

もう少しだけ抜かないで待ってあげて下さい。