放物線

正直に言って、仕事がはかどっていません。

予定よりも仕事が消化出来ていない、ということで。

単純に分析すると、仕事とは関係なく、人と談笑ばかりしているからです。

今週は特にいろいろな人たちと話をしました。

楽しい時間はあっというまに過ぎ、たちまち夜になる。また今日も仕事にならなかったなと振り返る日々。

ただ、新しい友人との会話はぼくにとっては特別な時間だったりします。

何年もとても小さな交遊関係しかもっていなかったので、外の世界(ぼくの知らない世界)の話で目を輝かせています。

そしてぼくの考えていたことが、そこではどういう風に解釈されるのかを聞いて、喜んだりします。

悲しんだりすることなど一切ありません。純粋に興味しか湧いてこないのです。

それが後押しして、色とりどりな話は尽きません。

相手はどうだったろうか。帰ったあとにいつもそれを考える。

あなたはとても良い人ですね、と一言いい忘れていた。今度また会えたらそう言おう。

 

それはそうと、この遅々として進まない仕事をどうするか....?

数学の話をしたいわけではないのですが、グラフは二次関数です。

なかなか成果があがらないということを、逆転させるイメージを連想させてくれるグラフ。

タテが仕事の成果でヨコが日数だとしたら、この美しい放物線のように最初は少しずつ、ですが徐々に加速する。

なかなか広がらなかった世界と仕事がリンクしていく。そういうイメージ。

だからぜんぜんあせっていないのです。

 

 

 

 

 

 

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にんじん

次回のコレクションのサンプル製作期間の最中です。

ファッションは傑作が出来上がったら発表、ではなく毎シーズンが傑作なのです。そうでなければならない。

クリエーションが極地に達したという意味ではなく、今の自分の最高傑作ということにしかならないのかもしれませんが。

関心をしめしてくれるすべての人に、今回もまた傑作です、と発表する義務がある。

感性を研ぎすまして日常に臨まなければ間に合わない。

断片的な記憶やヒントを紡いでストーリーとする。

だからこの時期は落とし物を探してずっと下を向きながら歩くような毎日。

いろいろな事が目に入る、耳に入る、脳裏をよぎる。現代に生きているとなおさらです。

それはPCがあるから。すべての環境が同期しているために、関係がなくてもとめどもなく情報が提供されます。

つまらないことを、おもしろく伝える。そういう情報が多い。

これをどう感じるか。悪い意味ではない? 今のぼくには違和感だけです。

もともとつまらないんです。それをおもしろいように仕立てて提供する。

少なくともぼくはクリエーションにおいてそれはやりたくはないのです。

いただいた人参を手にとった瞬間に、なにか惹き付けられた。

観察すると、真っ直ぐなことに気が付く。きっと手に取ったぼくだけにしか伝わらないけれど、自然の真っ直ぐ。

こっちのほうがずっと感動出来る。

ヒントになる。

 

 

 


プリント

カットソーにプリントしました。

シルクスクリーンではなく、スタンプ。

同じ作業を繰り返しているのですが、一点一点違った表情となります。

ぼくはこれを欠陥とみなして、いろいろ工夫しますが、やはりシルクスクリーンではないので個体差がでます。

それぞれに個性があっておもしろいですし、商品として納得出来ない仕上がりというわけではありません。

でも『偶然』というのを商品にしたくはない。

失敗したら工夫する、予想と実物が違っていたら考察する。そこにおもしろさは求めてはいません。

でも努力の賜物として、自分の想像を越えたサンプルとなったら、それは受け入れてもいいのではないでしょうか。

 


研ぐ

年末にお願いしていたものが仕上がりました。鋏の研ぎと噛み合わせの微調整です。

梱包からといて、何度かチョキチョキと空でやってみる。チョキチョキ、そんな擬音ではない。

例えようもない音。そして感触。研ぎ澄まされた金属の刃がこすれ合う。まさに一点の淀みもなく滑らかに。

少し鳥肌が立つ。侍ってこうだったのだろうか。なにか切ってみたい衝動にかられます。

変な意味ではなく、好奇心からです。鋏だけではなく、すばらしい物というのはすべてそうでしょう。

しなやかだけど固い鋼。ひたすら繰り返した手仕事。ぼくの好きな世界。

そういった空気感をクリエーションしたい。

今はまだまだ。それまでは繰り返し繰り返し、、、、、繰り返し続けます。

それが研ぐということなのかな。

 

 

 

 

 

 


冬と雪

早朝でもないのに薄暗い日、ぼんやりしながら分厚いカーテンを開けると一面真っ白な世界。たちまち目が覚める。

ぼくは、いくつになっても雪が降るとテンションが上がる。積もれば積もる程にね。

さっきまでは薄暗いと思っていたけれど、白さが目に刺さる、眩しい。あと一時間もすれば昼という時間。

そのままカーディガンも羽織らずに、暖房の利いていない部屋でしばらく雪景色を眺めてしまう。

『しんしん』と降る雪というのは、音まで吸収して、ぼくの時間はストップするような感じ。

寒さで我にかえり、あとはいつもの日常。

大人は外には出たくないでしょう。なぜなら外に出るということはすなわち雪片付けをするということだから。

これはかなりの労力を要する。だから雪は大人には好かれてはいない。

無駄に体力をつかうのが仕事の子供達は、外で遊べばいい。ゲームよりも非現実じゃないかと大人になってから思う。

みなれているから普通に過ごすけれど、始めて見る人ならSFの世界。

子供ではないけれど、薄着で庭先に出て辺りを散策し、頭と肩にうっすら雪を積もらせ、玄関で笑いながら雪をはらう。

来年もいつも通りこんな冬を迎えたい。

 

 


王様

カトリックでは1月6日までがクリスマスなのだそうです。

そしてこのガレット・デ・ロワ(仏:galette des rois)というケーキを食べるという。

王様のケーキという意味です。中にフェーヴ(fève、ソラマメの意)と呼ばれる陶製の小さな人形が一つ入っている。

これが当たった人が王様。幸福に一年を過ごせるという。

僕が切りわけたのですが、こんな感じに飛び出していたので、ワクワク感はなし。

この遊びに誘ってくれたお隣さんのはからいで、僕が王様だ♩

今年は王様となって身の回りをもっとおもしろくしていこうと思います。

 

新年最初のブログはこんな感じでどうでしょうか。